ZIPANG-8 TOKIO 2020 新五千円札の顔 「津田梅子」 ゆかりの地・佐倉周辺の歴史さんぽ


令和6年1月1日午後4時10分頃発生した、
能登半島地震で被害を受けた皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。(編集局)



今年注目すべき印旛エリアの歴史を深掘り、 春のイベント情報を公開!


新五千円札の顔「津田梅子」ゆかりの地として今年注目の佐倉市。かつては、江戸の東を守る要衝として「佐倉城」が置かれ城下町として栄えました。今も旧大名の旧宅や武家屋敷群が残るほか、蘭学のまちとして栄えた歴史的な背景も!


今回は、佐倉を中心とした歴史深い印旛エリアの魅力や注目スポット、さらに春を感じるイベント情報もご紹介します!


<日本初の女子留学生、女子高等教育のパイオニア「津田 梅子」>


                  津田梅子


今年7月に発行される新五千円札の顔となる津田梅子は、佐倉藩士の農学者・津田仙の二女として江戸で生まれた明治の教育家。


6歳で日本初の女子留学生として渡米し、約11年間の留学期間を終えて日本に帰国後、女性の地位向上を目指し35歳で現在の津田塾大学の前身、女子英学塾を創立しました。


「自立した女性を育成」することを目的とした「高等教育」に力をいれ、日本の女子高等教育の先駆者といわれています。


新五千円札の顔「津田梅子」ゆかりの地『佐倉市』ってどんなところ?


                  イメージ


           桜の名所としても知られる「佐倉城址公園」


江戸時代には佐倉藩が置かれ、江戸の東を守る要衝として「佐倉城」が築城された「城下町・佐倉」。その地理的な重要性から有力譜代大名が多数配置され、藩主の多くは幕府の要職を務め、政治の面でも江戸幕府を支えてきました。


中でも日本を開国へと導いた堀田正睦(まさよし)は洋学を振興したため、佐倉は江戸に多くの人材を輩出する「学問の都」としても発展。1843年には「佐倉順天堂」が設立され、ここで学んだ若者が明治の医学界で活躍するなど、「蘭学のまち」として広く知られていました。


今も「佐倉城址」には、天守閣跡や、空堀など城の遺構を多く残されており、千葉県内で唯一「日本100名城」に選定されています。


このように、江戸を支え、江戸と共に発展した「城下町・佐倉」は、「門前町・成田」「商家町・佐原」「港町・銚子」とともに、2016年、「北総四都市江戸紀行・江戸を感じる北総の町並み」として日本遺産に認定されています。

所在地: 佐倉市城内町官有無番地


<PICK UP! 「蘭学のまち」として知られていた学問の都・佐倉>

■「蘭学のまち」佐倉の礎を築いた堀田正睦


                  堀田正睦


幕末に佐倉藩主となった堀田正睦は、幕府の老中首座としてアメリカ総領事ハリスと交渉、日米修好通商条約の幕府側責任者として調印に尽力し「開国の父」とも呼ばれました。


また、西洋兵法の導入や農政の刷新など数々の藩政改革をした開明的藩主としても知られ、特に洋学を奨励し佐倉が蘭学の先進地となる下地を作りました。そうした歴史的な背景から、今もなお佐倉市とオランダの文化交流が続くなど、後世に大きな影響を与えています。


■日本の近代医学を支えた蘭学塾 兼 医院「佐倉順天堂記念館」


                佐倉順天堂記念館


堀田正睦の招きを受けたという佐藤泰然(たいぜん)が1843年に開いた蘭医学の塾兼診療所。西洋医学による治療と同時に医学教育が行われ、佐藤尚中(たかなか)をはじめとする明治の医学界をリードする人々を輩出しました。


現在、建物は記念館として、当時用いられていた医学書や医療器具など貴重な資料が展示されています。

所在地: 佐倉市本町81


現代に受け継がれる歴史遺産「旧堀田邸」と「佐倉武家屋敷」

■旧堀田邸


              【旧堀田邸】座敷棟の客座敷


旧堀田邸は、最後の佐倉藩主である堀田正倫(まさとも)の邸宅として1890年に竣工されました。明治期の伝統的な和風建築の特色がよく残されており、玄関棟・座敷棟・居間棟・書斎棟・湯殿・土蔵・門番所の7棟が、2006年に国の重要文化財に指定。


また、庭園も、邸宅とともに残る旧大名家の庭園としての貴重性から、2015年に国の名勝に指定されています。いずれも一般公開されており、訪れると当時の歴史と文化に触れることができます。

所在地: 佐倉市鏑木町274


■佐倉武家屋敷(旧河原家住宅・旧但馬家住宅・旧武居家住宅)


                佐倉武家屋敷


城下町・佐倉の面影を残す武家屋敷通りに面して建つ「旧河原家住宅」(千葉県指定文化財)、「旧但馬家住宅」(佐倉市指定文化財)、「旧武居家住宅」(国登録文化財)。いずれもかつて佐倉藩士が暮らしていた住宅で、一般公開されており、それぞれの屋敷では、家格の違いによる建坪の広さや家のつくりの違いを見ることができます。


中でも、「旧但馬家住宅」は、当時から現在の場所に建っていた武家屋敷で、年に数回、甲冑試着会も開催されています。甲冑を身にまとい武士の気分を味わってみてはいかがでしょう。

所在地: 佐倉市宮小路町57


<PICK UP! 今にもサムライが出てきそう!?「ひよどり坂」>


                  ひよどり坂


「ひよどり坂」は、武家屋敷通りに隣接した古径で、江戸時代からほとんど変わらない美しい竹林が広がっています。緩やかに曲がる坂道には、四ツ目垣、御簾垣、鉄砲垣などが配され、今にも武士が出てきそうな雰囲気から「サムライの古径(こみち)」とも呼ばれています。


都心からほど近く、日本らしさを感じられる竹林として、若者や外国人観光客から注目を集めるフォトジェニックスポットです。

所在地: 佐倉市城内町5-23


ちょっと足を延ばせば…もう一つの城跡「本佐倉城跡」が!

■本佐倉城跡


                  本佐倉城跡 


現在の佐倉市と酒々井町(しすいまち)にまたがる本佐倉城は、下総の名門武家・千葉氏の居城として文明年間(1469~1486)に築かれた城。


自然の地形を活かし、台地を削り谷を埋め堀や土塁を配した山城跡には、現在も空堀・土塁・櫓台に守られた郭群などが残されており、戦国時代の面影を残す重要な文化財として1998年に国の史跡に指定されました。


下総の政治・経済・文化の中心であった地を散策しながら、歴史の息吹を感じてみては。

所在地: 印旛郡酒々井町本佐倉・佐倉市大佐倉


<PICK UP! 千葉の難読地名の代表格「酒々井町(しすいまち)」の
おすすめスポット>

■町名の由来となった「酒の井伝説」


                  酒の井の碑


千葉を代表する難読地名の一つ「酒々井町」。町名の由来は、昔、ある孝行息子が父親のための酒を買う金もなく困っていたところ、帰り道に見つけた井戸の水が本物の酒になったという「酒の井伝説」と言われています。


今も円福院神宮寺の境内には、伝説を記念した「酒の井の碑」があります。

所在地: 印旛郡酒々井町酒々井137


■歴史ある酒蔵が営むプレミアムなレストラン「きのえねomoya」


                 きのえねomoya


江戸中期から続く酒蔵「飯沼本家」の敷地内にある「きのえねomoya」は、当主家族が代々暮らしていた築約300年の「母屋」を改修したレストラン。


国の登録有形文化財に指定された歴史ある空間で、暦を大切にする酒造りと関わりが深い「二十四節気」をコンセプトにした料理と、蔵元でしか味わえない特別な日本酒を堪能できます。

所在地: 印旛郡酒々井町馬橋106


佐倉を愛するベテランボランティアガイドに聞く 歴史深いまち・佐倉の魅力と楽しみ方


江戸を支え、江戸と共に発展してきた城下町・佐倉。今回は、そんな歴史深い佐倉市で、文化財やそれに纏わる歴史の魅力を伝える活動に取り組んでいる「文化財ボランティアガイド佐倉」の会長・桐生さんに、ボランティアガイドの活動と佐倉の歴史散歩の楽しみ方について伺いました。


                  桐生 矩夫さん


桐生 矩夫(きりゅう のりお)さん
1947年新潟県生まれ。佐倉市在住。


東京消防庁定年退職後、佐倉市民カレッジで4年間学び、2013年に文化財ボランティアガイド佐倉に入会。歴史あふれる佐倉のまちを愛し、武家屋敷、旧堀田邸・佐倉順天堂記念館のボランティアガイドを行う。2023年から会長となり現在に至る。


■訪れた方に歴史と文化の魅力を伝える活動


Q.「文化財ボランティアガイド佐倉」の活動について

「文化財ボランティアガイド佐倉」は、「歴史、文化、自然のまち佐倉」の魅力を訪れる人々に広く伝え、新しい佐倉のまちづくりに役立てるため、旧堀田邸、佐倉武家屋敷、佐倉順天堂記念館などの文化施設を中心にガイドを行っています。


会員は定年退職された方が主で、現在は50名ほどで活動しており、研修などを通じてお互いに学び合いながらレベルアップを図り、佐倉に来ていただいた方に、佐倉の文化や歴史に触れて、楽しんでいただけるような活動をしております。


■佐倉の文化財やそれに纏わるストーリーに魅了された


Q.「文化財ボランティアガイド佐倉」に参加されたきっかけは?

現在在籍している多くの方と同様に、私も定年退職した後、「佐倉市民カレッジ」に通っていました。当初は、歴史を学ぶコースではなく、福祉や老人ホーム関係のコースを選択していましたが、通い始めて2年目の時に、まちづくりをテーマに佐倉市のお城や神社仏閣を載せたガイドマップを仲間と制作することになったんです。


そのときに初めて、長年住んでいた佐倉の歴史を深く学び、佐倉の文化財やそれに纏わるストーリーに魅了され、「佐倉市民カレッジ」卒業後に文化財ボランティアガイド佐倉に応募しました。


■いかに興味関心を持ってもらえるか


Q.初めて佐倉市を訪れた方や外国の観光客まで様々な方がいらっしゃると思いますが、ガイドを行う上で工夫されていることはありますか?

歴史が好きな人、興味がある人というのは、その人の目や反応ですぐにわかります。興味がある人には、長めに時間をとって、ゆっくり見学できるようにしています。


逆に歴史にそこまで興味のなさそうな方には、文化財の解説だけでなく、関連する人やエピソードを交えながらお声がけしています。


例えば「旧堀田邸」でいうと、江戸幕府第3代将軍徳川家光の乳母として仕えた春日局は、実は堀田家の親戚であり、徳川家と堀田家の親交のきっかけになったなど、あまり知られていないエピソードを話すと興味を持っていただけることが多いですね。


また、成田空港から近い佐倉市には外国人観光客も多く来られます。
特に当時のサムライの生活が覗ける「佐倉武家屋敷」が人気で、その際は語学が堪能なガイドとともに、甲冑体験の着付けなどをお手伝いし、日本の文化を体験し、理解いただけるように活動しています。


せっかく佐倉に来ていただいたので、できるだけ興味や関心を持ってもらい、楽しんでいただるように心がけています。


【ガイドの様子】笑顔を絶やさず、訪れる方の目線に立って、話のテンポや紹介する内容を   調整しながら解説することを心がけている。


       【ガイドの様子】家族や団体でガイドに参加される方も多い。


■佐倉は自分好みの歴史散歩を楽しめるまち


Q.今後佐倉市を訪れた方に、どのように歴史散歩を楽しんでいただきたいですか?

我々が常駐しガイドする旧堀田邸、佐倉武家屋敷、佐倉順天堂記念館以外にも、佐倉には歴史散歩を楽しめるスポットがたくさんあります。


また、我々を含め3つのボランティア団体がありますので、ゆっくり建造物を見たい、街中を歩きながら巡りたいなど、自分の好みにあわせた回り方を楽しめるのも魅力のひとつです。


訪れていただいた際には、建物の歴史だけでなく、そのまわりにある、人や場所の歴史についても耳を傾けていただけると、より佐倉の歴史を楽しんでいただけると思います。

是非遊びに来てください。


<文化財ボランティアガイド佐倉>


           文化財ボランティアガイド佐倉の皆さん


佐倉市の貴重な文化財や歴史などについて、わかりやすく解説してくれるボランティアガイド団体。土、日、祝日は、旧堀田邸、佐倉武家屋敷、佐倉順天堂記念館に常駐し、希望者にガイドを行っています。


個人の方は入館時に受付可能。団体の場合は、原則10名以上で、見学希望日の10日前までに佐倉市教育委員会文化課に申請してください。(詳しい手続きは下記URLをご参照。)

問合せ先: 043-484-6192(佐倉市教育委員会文化課)


<NEWS 印旛エリア注目イベント情報!>

■桜に染まるまち、佐倉


              桜に染まるまち、佐倉


桜の名所として人気の高い佐倉城址公園を中心に、城下町・佐倉が「桜」色に染まるキャンペーン。京成佐倉駅や市役所などの看板が「佐倉」から「桜」に衣替え!期間限定の古民家カフェや桜にちなんだや商品の販売などイベントが盛りだくさん。


ほかにもこの時期は、「佐倉・時代まつり」や「佐倉城址のさくら」など、これでもか!というくらい佐倉を満喫できます!


開催日時:3月16日(土)~4月14日(日)

開催場所:京成佐倉駅~新町通り~佐倉城址公園


■佐倉 城下町きもの散歩


                城下町きもの散歩


江戸の情緒を感じる街並みを着物姿で散策できる体験イベントを開催。
佐倉市新町にある明治時代の建物「旧平井家住宅」で、着物レンタル&着付けサービスを行います(要予約)。


開催日に着物で、旧堀田邸、佐倉武家屋敷、佐倉順天堂記念館を訪れると入館料がなんと無料に!


開催日時:3月16日(土)、17日(日)、20日(祝・水)、24日(日)、31日(日)

     4月7日(日)、14日(日)

開催場所:旧平井家住宅


保存版 印旛エリアの歴史スポットMAP


                   MAP


編集後記

明治から今日までどれほどの時が経ったのか・・・
女性の地位向上はどうであったろうか⁈政治家?(政治屋)の言動を見ればよく分かる…

思うに、
愛子天皇の誕生こそが日本女性の国際社会や我が国における地位の確立を図る絶好の機会になるような気がする❣


「原始、女性は太陽であった」 平塚らいてう


鎹八咫烏 記
石川県 いしかわ観光特使
伊勢「斎宮」明和町観光大使


協力(敬称略)

紅山子(こうざんし)


※画像並びに図表等は著作権の問題から、ダウンロード等は必ず許可を必要と致します。



アーカイブ リンク記事をご覧ください。


どこまでも続くのか長生村の槇(マキ)塀…九十九里浜とどちらが長い⁉


長生村のマキ塀(高野槙の意味)は。日本書紀によると、スサノオノミコト(素戔男尊"海原の神")はこのように宣われた。「高野槙は棺材にしなさい。」と、奈良の古墳を発掘すると腐りに強い高野槙の棺桶が、土に埋められる前の状態で発見される。


そう言えば、琵琶湖の木舟や長良川や犬山、宇治川の鵜飼舟(鵜舟)は高野槙で造られている筈・・・高野槙は水や腐りに強い。特に千葉県は塩気を含んだ海風なので普通に使われる塀用材では家を護るには、持たないんだろうね・・・


海風にはマイナスイオンが含まれているので、世界各地のタラソテラピー(海洋療法)の施設は海辺に造られる(巻末のアーカイブリンク記事ご参照)・・・


長生村 九十九里浜 空撮


これがあの九十九里浜なのか‼

雄大な眺めだね~!そう言えば、今日のニュースでは館山でメガマウス(4m強の深海鮫)が現れたとか…。餌の小魚を追ってなのか?それとも温暖化で深海の温度も上昇しているのかな~??


但し、深海鮫は人を襲わないとか?…でご安心を!でも4m強なんて…それに口がでかくて顔が怖いよね〜・・・ やっぱりクワバラクワバラ !! ご注意を⁉ 


以上、長生村の見どころの一部でした。さて本日のテーマの交流拠点はここからです・・・


(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


ZIPANG-5 TOKIO 2020千葉県唯一の村、長生村に新たな顔が誕生。交流拠点が新規オープン
https://tokyo2020-5.themedia.jp/posts/18408697



佐原の大祭 夏


山車とは

山車の構造

佐原の山車は、4輪2層構造の曳山です。いわゆる「江戸型山車」の形態とは異なり、独自に発展を遂げた形態です。 2本の車軸の上に土台を乗せ、土台に立てられた6本または8本の柱によって2層を支えています。


1層目の柱間には敷居や鴨居などを設け、正面を御簾または玉簾で塞ぎます。側面には障子を嵌め込みます(曳行時には取り外しています)。 1層目の床をはった周囲には擬宝珠高欄様の手摺りが取り付きます。ここには下座連と呼ぶ囃子方が乗り込みます。 


2層目は露天となっており、周囲に跳高欄を廻しています。本体の中央には、「迫り出し」あるいは「人形柱」などと呼ぶ真柱を立てて、その先端に「飾り物」と呼ぶ巨大な人形や作り物を取り付けています。


使用される材料は主にケヤキ材を用い、その他にヒノキ材やカシ材などを用いて造られています。  大きさ:高さ 約4.0m 間口 約3.2m 奥行 約3.8m  (これに4~5mの大人形が飾り付けられています)


山車の各部にはさまざまな名称がつけられています。

人形(飾り物)

跳高欄を廻した山車の天上部には、日本神話など様々な説話から取材した歴史上の人物の大人形や作り物が飾り付けられています。  大人形は、身の丈4~5mにおよび日本最大級の大きさを誇っています。


この大人形は、江戸時代から明治・大正時代にかけて名人と呼ばれた人形師達によって技術の粋を集め制作されたものです。  また、作り物には、麦藁細工の鯉や稲藁細工の鷹等、町内に住む人達の手によって制作される昔ながらの飾り物もあります。


彫刻

山車本体は比較的簡素な造りとなっていますが、それを重厚にみせているのが周囲に装飾された彫刻です。 


彫刻は、「関東彫り」と呼ばれ、ケヤキ材の木地を生かし、重厚かつ繊細に彫られており、後藤茂右衛門、石川三之助、小松光重、金子光晴など、名工と呼ばれた彫工の作品が数多く残されています。 


彫刻の構図は、龍や獅子、花鳥のほか、日本神話などの伝記物、太平記、太閤記などの軍記物、三国志、水滸伝などの中国の故事から取材されており、昔話の名場面が、繊細に表情豊かに表現されています。


(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


ZIPANG TOKIO 2020「ユネスコ無形文化遺産 関東三大山車祭り 水郷『佐原の大祭』もうすぐ始まる夏祭り と 秋祭り」
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/2519163



水郷にふさわしい香取市佐原の町並み


佐原の大祭 秋


10月の香取市秋の「佐原の大祭」も鈴なりの人たちでにぎわう。「平安の三蹟」小野道風公もトレードマークの柳に囲まれご満悦のご様子。町の真ん中に川があるということは、本当に風情があり癒され、何といっても町に潤いをもたらしてくれます。羨ましいですね・・・

そう言えば「小野道風公」の生まれ故郷は愛知県の春日井市、春日井市と言えば⁈
(天の声:白々しい奴め😠あんたが今、住んでる所でしょ・・・)


(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


ZIPANG TOKIO 2020「文化庁 重要伝統的建造物群保存地区選定 歴史を活かしたまちづくり 香取市『佐原の町並み』拝見!」
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/2525698



大本山 成田山新勝寺仁王門。奥には荘厳な雰囲気の総門が見えます。


大本山 成田山新勝寺は、天慶3年(940)、宇多天皇の孫にあたる寛朝( かんちょう)大僧正により開山されました、全国8カ寺の別院や末寺など合わせて71ケ寺を有する真言宗智山派の大本山です。 ご本尊は平安時代に真言宗の開祖、弘法大師が一刀三礼(ひと彫りごとに三度礼拝する)の祈りを込めて敬刻開眼された不動明王像と伝えられています。

江戸時代から「成田のお不動様」とよばれ数多くの人びとに親しまれ、歌舞伎の成田屋・市川團十郎丈、海老蔵丈なども参詣する霊場です。

正月3が日には約305万人、年間約1,000万人以上のご参詣者が訪れます。


大本山 成田山新勝寺 釈迦堂


(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


ZIPANG-2 TOKIO 2020 ー 大本山 成田山新勝寺 ー 「開山から約1070年。成田山の歴史とお不動様の教えを紐解く。(その1)」
https://tokyo2020-2.themedia.jp/posts/5515453



大本山 成田山新勝寺「総門」


開基1070年の記念事業により、2008(平成19)年建立。荘厳な雰囲気の総門は、高さ15mの総欅造り。蟇股という欄間にあたる部分には十二支の木彫刻が施されています。また、楼上には八体の生まれ歳守り本尊が奉安され、成田山の表玄関として、これまでに世界中のご参詣者をお迎えしています。


大本山 成田山新勝寺「平和の大塔」ライトアップ


1984(昭和59)年に建立された平和の大塔は、真言密教の教えを象徴する塔です。総高は58mで、一階は大塔入口、成田山の歴史展、写経道場各種受付 があります。二階の明王殿には、大塔の御本尊不動明王、四大明王、昭和大曼荼羅、真言祖師行状図が奉安され、三・四階の経・法蔵殿には、御信徒による掛仏、五階の金剛殿には五智如来が奉安されています。


(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


ZIPANG-2 TOKIO 2020 ー 大本山 成田山新勝寺 ー「弘法大師と興教大師の時空を超えた願い(その2)」
https://tokyo2020-2.themedia.jp/posts/5524941



           千葉県旭市 新市庁舎正面入口市民ロビー


~デザイン・色彩の基本~

国も地域も衰退するわが国では、地方分権的自発性が成熟社会の今後のサバイバルに大切である。 その一例として行政の中心である庁舎は、地域の誇りと郷土愛で未来に向けて、前向きに市民目線で取り組むことである。


公共建築においても、わが国の人工景観は白黒グレー自然素材色が揺るぎない最も美しい伝統であり、その上に未来を見据え楽しく賑やかに個性が表現出来れば上々である。             先ずはつい最近竣工した千葉県旭市の新庁舎をそのスタデイとして示したい。


               旭市 庁舎正面の夕景


(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


ZIPANG-5 TOKIO 2020 アフターコロナへのお膳立て(2−1)ーSDGsの未来は地域の自発的取り組みにあるー ・・・【寄稿文】林 英光
https://tokyo2020-5.themedia.jp/posts/18125073

 


             小野道風肖像画 観音寺蔵


小野道風(894年から966年)は、平安時代中期を代表する能書(書の上手な人)です。
小野道風の家系、小野氏は遣隋使で有名な小野妹子を祖先として、岑守・篁・美材等の学者や能書を輩出した名族でした。

幼いころから字が上手だった道風は、書をもって宮廷に仕え、数々の輝かしい業績を残しました。10 歳頃に父とともに京に上り、12 歳で天皇に書を献上したといわれています。


道風の日本書道史上における功績を一口で言えば、それまでの中国の書の模倣から脱して、日本の風土や日本人の感性にあった書を創始したことです。その優美な書は和様の書と呼ばれ、道風とともに三跡と称される藤原佐理に受け継がれ、藤原行成によって大成され、その後の日本書道に大きな影響を与え続けました。


                 道風記念会館


昭和56年(1981)松河戸町に全国的にも珍しい書の専門美術館「道風記念館」が開館し、小野道風公を始めとする貴重な書作品が収蔵・展示されています。

玄関前には道風公の銅像と石碑、そして柳の木が立っている。季節になると前を流れる庄内川の河原から蛙が遊びに来るそうですよ。道風記念館近くの観音寺では、毎年11月3日に行われる「道風祭」は関係者が集まりお詣りをする。さらに隣の道風公園に移り、小野社に祝詞をあげる習わしです。


(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


ZIPANG TOKIO 2020「日本の風土や日本人の感性にあった書を創始した 小野道風 誕生伝説の地に建つ『道風記念館』は春日井市民の誇り」
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/2451095



※現在、2250件余の記事掲載、下記のサイトからご覧ください。


ZIPANG-7 TOKIO 2020 (VOL-7)
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ZIPANG-6 TOKIO 2020 (VOL-6)
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ZIPANG-5 TOKIO 2020 (VOL-5)
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ZIPANG-8 TOKIO 2020 (VOL-8)
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ZIPANG-8 TOKIO 2020

日本の精神文化と国土の美しさについて再発見その1. 全世界との情報の共有化その2. 偏り、格差のないローカリティの尊重!その3. 美しきものへの学び、尊敬、関心を高める教育と推進

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