ZIPANG-8 TOKIO 2020 物質文明から「心の文明」へ 2−3残酷非情な戦争 止める方法を【寄稿文】一舟・光秀

令和6年1月1日午後4時10分頃発生した、能登半島地震で被害を受けた皆さまに、
心よりお見舞い申し上げます。(編集局)



         結論: 宗教の統合・習合が世界を救う

    

           何れの宗教も原始は純粋で美しい

           共に優しく大らかな慈しみの心で

           わが国では神仏習合が存在したが

           明治維新は残念にも廃仏毀釈した

           異なる他を認め生命の本質に戻れ

           慈しみは生命すべてを幸せにする


    自然と伝統と最新技術の調和で日本の平和と幸せを目指せ


わが国の人口減少は大きく未来の暮らしを変える。今こそ微笑みを持って、国土全体の魅力ある「未来ビジョン」を 関連業界総力を上げ、トータルデザインに取り組む時である。



「 自然環境と伝統と最新技術」の調和を考える環境デザインの事例

背景のリニア実験線と筆者デザインの石庭は、リニア開通に向けて車両基地として近日消えるが、地域の面影を残す公園のような景観デザインを模索しよう。


日本の人口減少への挑戦は微笑みをもって

全国の衰退消滅の危機にある商店街やアーケード復活再生には 心豊かなユーモアと気長に活路を見出す次世代への工夫が 平和と幸せの故郷を守ることになる。限界集落の生き残りの作戦も同様である。


多度津町の粋な微笑みを誘うバナーのデザインがある


天空からの海と大地は一つ 人の姿形は微生物のように見えない


人の世界を宇宙的視座で見る

それは正しい自由、民族の伝統と風土にある。戦後日本は何千年もの伝統文化を、まだ歴史の浅いアメリカ文化に敗北し、古き良きものを汚いものだと否定された。中でも最も大きな被害を受けた沖縄で、公共建築に欧米の追随でない、沖縄の風土と伝統を見事に現代表現した建築環境デザインが生まれた。


若き建築やデザインに関わる者が、勇気をいただいた戦後の記念碑である。ものづくりに携わる者は、色、形、空間で平和と幸せに近づけよう。


戦後建築デザインの新たな記念碑 名護市役所


現代物質文明を超越した風土伝統の素直な沖縄デザイン


今ひとつ戦争の反省への使命を持つデザインがある

対照的モダンデザインではあるが、筆者が注目する戦没者と沖縄の苦しみの過去と現在とを未来に引き継ぐ、以前掲載した米軍基地に接する佐喜眞美術館である。


このモダンデザインの建物は無言で平和を語る


この窓は広大な米軍基地の現実を見る 


館内の一隅


この現実に至った政治を日本人は忘れないよう

    

      光・色彩と心の文明=宇宙と生命の繁栄図

             「曼荼羅」


當麻寺※ ご本尊として祀られる「當麻曼荼羅(たいま・まんだら)」

※當麻寺 詳しくはアーカイブ リンク記事をご覧ください。


人は生きるこの世を想い表す時、しばしば天国、地獄で表す。そこに宗教が生まれ意味を与えた。


今一つは、宇宙の概念を最初に考えた中国文明の、物質界と心の表現、人が生命を得て、そして生理から機能心理、精神を授かり、世界を一つに丸くおさめ行き着いた表現、仏のこの世の略図「曼荼羅」がある。


名護市役所こそ、事務的でそっけない現代バラック建築ではない、風も光も働く人と環境と市民と共にある沖縄の文化を、人々の心を集約表現した先駆的で誇れるデザイン曼荼羅であると考えて来た。


戦争は自然界最大の恥

食物連鎖と、その環境から喜怒哀楽の試練を受け、有史以来の宗教が芽生えた。


その結末は、話し合いでは決着がつかず、幼稚な人同士の殺し合いに終始する現代文明である。

その物質文明の極みが一瞬の物質の核の光、人類史上あってははならない事が、我が国の富国強兵、侵略の結果、物質文明の最悪事、広島、長崎に起きてしまった。

防衛と称し今更なる軍事物質を、きのうTVニュースで見た高性能戦闘爆撃機開発は、80年前の天に向けて唾を吐く軍拡の結果の再来になるだろう。子孫の近未来に。


そして現在も自然の摂理である食物連鎖以外に、命あるものを無為に殺すことを、ましてや同種の生き物、人同士の殺し合いは自然界最大の恥であると思う。


続く・・・



寄稿文 一舟・光秀(林 英光)



環境ディレクター
愛知県立芸術大学名誉教授
東京藝術大学卒業


※画像並びに図表等は著作権の問題から、ダウンロード等は必ず許可を必要と致します。

発行元責任者 鎹八咫烏(ZIPANG TOKIO 2020 編集局)



アーカイブ リンク記事をご覧ください。



〜2018年 六郷満山開山1300年〜

大分県宇佐・国東地域に広がる神と仏の神秘・・・

仁聞菩薩は、宇佐八幡神の化身(生まれ変わり)として宇佐国東の地に今をさかのぼること約1300年前に神仏習合の原点となる山岳宗教、「六郷満山」を開かれました。 2018年に開山1300年の節目を迎える中、「宇佐神宮六郷満山霊場」は全国八幡社総本宮である宇佐神宮八幡大神と仁聞菩薩の足跡を辿り、今日まで脈々と受け継がれてきた神仏習合の文化に触れ、神と仏とご縁を結ぶ巡礼であると共に、この巡礼は行そのものであります。


国東半島一帯に広がる六郷満山文化とは

国東半島に伝わる神仏習合の六郷満山文化



国東半島に点在する数多くの六郷満山の寺は、養老2年(718年)に仁聞菩薩が開基したと伝えられています。仁聞菩薩は、宇佐八幡神の化身(生まれ変わり)として宇佐・国東の地に、今をさかのぼること約1300年前に神仏習合の原点となる山岳宗教「六郷満山」を開かれました。平成30年(2018年)は仁聞菩薩によって開かれた六郷満山の1300年の節目を迎えます。


(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


ZIPANG TOKIO 2020「六郷満山 〜2018年 六郷満山開山1300年〜 国東半島一帯に広がる六郷満山文化とは(第一話)」
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/3149938



神と仏が息づく文化


六郷満山文化とは


(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


ZIPANG TOKIO 2020「六郷満山 神・仏とご縁を結ぶ巡礼 〜2018年 六郷満山開山1300年〜 国東半島一帯に広がる六郷満山文化とは(第二話)」
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/3158332



六郷満山 世界遺産認定を目指して

天台宗別格本山「両子寺」


国東半島の中央に位置する標高721mの両子山。そこから放射状に海へと下がる28の谷が、半島に刻まれています。 

大昔、谷には郷ができ、「来縄」、「田染」、「伊美」、「国東」、「武蔵」、「安岐」という名が付けられました。 この郷を中心に発展した山岳仏教が『六郷満山文化』と呼ばれています。 そのうちの4つの郷が国東市にあり、六郷の中核を成していました。


両子寺 景観 


両子山の中腹に両子寺があります。六郷満山の中では中山本寺、すなわち山岳修行の根本道場に当たり、特に江戸期より六郷満山の総持院として全山を統括してきました。しかしながら時代の趨勢、明治初頭の神仏分離、第二次世界大戦等の法難、自然災害・人為災難等の遭遇により次第に堂宇は往時の姿を薄れてかけて来ましたが、歴代住職の懸命な精進と檀信徒の護持によりわずかながらも、面目を保ちつつ今日に至っています。


境内は瀬戸内海の国立公園、大分県史跡に編入され、全国森林浴の森百選の指定地として自然に恵まれ、四季を通じ殊に、新緑、紅葉のもみじには遠近を問わず、大勢の参拝客で賑わいます。


信仰として、特に子授けの祈願所、安産・厄除け・交通・家内安全・航海安全等各種祈願や幼没水子・先祖供養等の供養が一般、檀信徒を問わず広く門戸を開放し厳修されています。

どうぞ、ご参拝下さいませ。


(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


ZIPANG TOKIO 2020「六郷満山 世界遺産認定を目指して〜2018年 六郷満山開山1300年〜 国東半島一帯に広がる六郷満山文化とは(第三話)」
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/3159997/



鬼を「迎え入れる」という独特の形式

六郷満山 天念寺修正鬼会


鬼・炎・舞

国東半島六郷満山に千年以上前から伝わる伝統行事「修正鬼会(しゅじょうおにえ)」が、2月11日(月・祝)、長岩屋地区にある天念寺(てんねんじ)講堂で行われます。


毎年旧暦の1月7日に、無病息災・五穀豊穣などを祈り行われるこの行事は、鬼を「追い払う」のではなく、鈴鬼や荒鬼等の仏の化身である鬼を「迎え入れる」という独特の形式や、一般参拝者が参加できるという点で、各地の修正鬼会と異なる特徴があります。

天念寺修正鬼会は、昭和52年 に国の重要無形民俗文化財に指定されています。


(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


ZIPANG-2 TOKIO 2020「 六郷満山に千年前より伝わる 大宗教典儀『修正鬼会』が始まる 」
https://tokyo2020-2.themedia.jp/posts/5625116



本尊として祀られる「當麻曼荼羅(たいま・まんだら)」

大和 當麻寺 中の坊 曼荼羅堂(本堂)


《當麻寺》 

當麻寺は、古代大和の“西方”に位置し、白鳳・天平様式の大伽藍を有する古刹。金堂の弥勒仏や四天王、梵鐘などの白鳳美術を今に伝えるほか、古代の三重塔が東西一対で残る全国唯一の寺としても知られています。


本尊として祀られる「當麻曼荼羅(たいま・まんだら)」は、奈良時代、藤原家の郎女・中将姫さまが写経の功徳によって目の当たりにした極楽浄土の光景を壮大な規模で表したもので、中将姫さまを常に守護し、導いた守り本尊「導き観音さま」とともに今も多くの人々のよりどころになっています。


(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


ZIPANG TOKIO 2020「當麻寺 ~変遷を生き抜いた不思議の寺~ 古代の三重塔が東西一対で残る全国唯一の寺」
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/1399102



―「まんだらの世界の民話」のプロローグから―




「白鷹山(虚空蔵山)」

置賜・村山両郡の境にあり、大山なり。堂は置賜郡にあり。北のふもとは村山郡畑谷村なり。その北の両方に大峰あり。俗に機巧森(はたしもり)と呼ぶ。 一に黒森とも言う。 西は胎蔵界を表し、東は金剛界を表し、容相同じと言えり。この所、置賜郡に通ず。俗に境の虚空蔵という。


宝暦十二年(1762)に書かれた「出羽国風土略記」を補う目的で、寛政四年(1792)筆写された「けい補出羽国風土略記」にはこのように書かれてある。


胎蔵界と金剛界、両界まんだらの世界がここに存在したことをはっきりと示している。


山のてっぺんのまんだら世界。

ここは、

山紫秀麗(さんししゅうれい)なる山そのものが神仏である。森々たる風物一つに精霊神怪がこもる。

ここには、

狩猟、採取の暮らしを護り、衣食住の材料を与え、灌漑水をもたらし、風雨を支配する山の神や水の神が鎮もる。

こここそは、

山に生きる者たちの共有の郷。周りに住む人たちの原風景たる地文。

これは、

神仏も人間も、動植物も共存している山里まんだらの物語である。

ー烏兎沼宏之『まんだら世界の民話』筑摩書房1988よりー


烏兎沼氏が発見した驚くべきまんだら世界小宇宙の配置図


そうしてもう一つ、付け加えねばならない重要なことがあります。彼らはおそらく、地名学者や山岳信仰、虚空蔵信仰、産鉄民俗学者、東アジア文化研究者等の論説を眺めると、概して渡来系の修験者が、この地を聖域として守っていた事が推察できるのです。


(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


ZIPANG-2 TOKIO 2020〜まんだらの里の不思議な話‼️〜「本年"まんだらの里 雪の芸術祭"は28年目を迎えました。 ~山形発~ 【寄稿文】まんだら塾長 日原もとこ(後編)」
https://tokyo2020-2.themedia.jp/posts/5679218



三輪明神 大神神社


大神神社 三ツ鳥居


ご祭神の大物主大神(おおものぬしのおおかみ)がお山に鎮まるために、古来本殿は設けずに拝殿の奥にある三ツ鳥居を通し三輪山を拝するという原初の神祀りの様を伝える我が国最古の神社です。


大神神山 朝光


ご由来

大神神社の創祀(そうし)に関わる伝承が『古事記』や『日本書紀』の神話に記されています。『古事記』によれば、大物主大神(おおものぬしのおおかみ)が出雲の大国主神(おおくにぬしのかみ)の前に現れ、国造りを成就させる為に「吾をば倭の青垣、東の山の上にいつきまつれ」と三輪山に祀(まつ)られることを望んだとあります。


また、『日本書記』でも同様の伝承が語られ、二神の問答で大物主大神は大国主神の「幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)」であると名乗られたとあります。そして『古事記』同様に三輪山に鎮まることを望まれました。この伝承では大物主大神は大国主神の別の御魂(みたま)として顕現(けんげん)され、三輪山に鎮(しず)まられたということです。


この様に記紀(きき)の神話に創祀(そうし)の伝承が明瞭に記されていることは貴重なことで、大神神社が神代に始まった古社中の古社と認識されており、ご祭神(さいじん)の神格が如何に高かったかを物語っていると言えます。


そして、ご祭神(さいじん)がお山に鎮(しず)まるために、大神神社は古来本殿を設けずに直接に三輪山に祈りを捧げるという、神社の社殿が成立する以前の原初(げんしょ)の神祀りの様を今に伝えており、その祭祀(さいし)の姿ゆえに我が国最古の神社と呼ばれています。


「大神」と書いて「おおみわ」と読むように、古くから神様の中の大神様として尊ばれ、第十代崇神(すじん)天皇の時代には国造り神、国家の守護神として篤(あつ)く祀(まつ)られました。


平安時代に至っても大神祭(おおみわのまつり)、鎮花祭(はなしずめのまつり)、三枝祭(さいくさのまつり)が朝廷のお祭りとして絶えることなく斎行され、神階は貞観(じょうがん)元年(859)に最高位の正一位(しょういちい)となりました。延喜式(えんぎしき)の社格は官幣大社(かんぺいたいしゃ)で、のちに大和国一之宮(やまとのくにいちのみや)となり、二十二社の一社にも列なるなど最高の待遇に預かりました。


中世には神宮寺(じんぐうじ)であった大御輪寺(だいごりんじ )や平等寺を中心に三輪流神道が広まり、 広く全国に普及し人々に強い影響を及ぼしました。近世に入ると幕府により社領が安堵(あんど)されて三輪山は格別の保護を受け、明治時代にはその由緒によって官幣大社(かんぺいたいしゃ)となりました。


現在も国造りの神様、生活全般の守護神として全国からの参拝があり、信仰厚い人々に支えられて社頭は賑わっています。


(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


ZIPANG TOKIO 2020「神代に始まった古社中の古社 原初の神祀りの様を伝える 三輪明神 大神神社(その壱)」
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/3440523



※現在、2250件余の記事掲載、下記のサイトからご覧ください。


ZIPANG-8 TOKIO 2020 (VOL-8)
https://tokyo2020-8.themedia.jp/


ZIPANG-7 TOKIO 2020 (VOL-7)
https://tokyo2020-7.themedia.jp/


ZIPANG-6 TOKIO 2020 (VOL-6)
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ZIPANG-5 TOKIO 2020 (VOL-5)
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ZIPANG-4 TOKIO 2020 (VOL-4)
https://tokyo2020-4.themedia.jp/


ZIPANG-3 TOKIO 2020 (VOL-3)
https://tokyo2020-3.themedia.jp/


ZIPANG-2 TOKIO 2020(VOL-2)
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ZIPANG TOKIO 2020 (VOL-1)
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ZIPANG-8 TOKIO 2020

日本の精神文化と国土の美しさについて再発見その1. 全世界との情報の共有化その2. 偏り、格差のないローカリティの尊重!その3. 美しきものへの学び、尊敬、関心を高める教育と推進

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